昭和41年06月26日 特別奉修委員



 奉修委員の方達は、椛目でいうなら椛目の看板のようなもの。ですからその看板が立派でなからなければ、お客さんが入ってこない。そこは何を売っておる店やら、どういうものを商うておるということが、その看板によってイメージされる。でその看板に描いてあるようなものが、ここで売られている。いうなら看板のような。看板が悪かったら、いうなら椛目の繁盛はない、と言うほどに皆さんには責任があると思うですね。椛目の信心の看板だとそういう自覚。
 同時にそういう内容。また看板に相応しいおかげを皆さんが、受けて頂かないかん。最近教団では個人の助かりから団体の助かりへと、言う様な事が強く叫ばれております。私はあの、確かにそういうことが言える。個人の助かりを縦の繋がりとするなら、団体の助かりということは横の繋がりだと、この双方が成されていかなければならんです。そういう意味で横の繋がりを、持っておられるのがまぁ皆さん。
 皆さんが横の繋がりを手を取り合って、手を引き合って。そしてこうして御祈念報修をなさるということは、横の繋がり段々出来ていきよる証拠であります。ですから私が、皆さんの看板の内容というのが、どういうことになるかというと、団体の助かりと言うと大きな例えばどうぞ、どうぞ椛目の全体が、繁盛のおかげを頂きますようにと、願わしてもらう、その願わして貰う者だけが繁盛しない筈がない。繁盛の中にある自分であるということ。ですからそこんところの自覚に立った信心。
 そういうことが内容になったところの信心。 もうとにかく、私が助かりさえすればいいと、もう自分のこと意外に願うことなかと、と言った様な事からです。そういう自分の願いのことと同じように、団体のことが切実に祈れれるようになる、そういうことが内容である看板じゃなかなきゃならんと私は思うです。でなかったら、皆さんおかげは受けません。皆さんのおかげを頂かれる、そのおかげが看板。信心の内容が看板。内容がそのおかげに現れてくる、いうおかげを頂いてもらわなければならんと。
 女は家の、家の家老じゃと、教祖は仰っておられる。ですから本当のこと言うとお広前の繁盛というのは、やはり殿さんが偉くなからなきゃいけん。それに家老が偉いということにあいまっていかなければ、やはり名君と言われる人の元に、名家老という人がおって、始めてその城が、お栄えになって行く様なもの。だから皆さんが殿様になるわけにはいかん。やはり麦は麦、お米はお米。だから男子の方をお米とするなら、皆さんはどこまでもやはりあくまで麦なのである。
 ですからこういう一つの、横の繋がりと言った様なものがですね、例えば男子の方達にでも、段々でけて来る様になったら、いうなら椛目の本当の繁盛じゃなかろうかと、こう思うですね。それがなら先ず、皆さんがおかげを受けられて、先ず家内がおかげを受けて、そして主人が、家内の信心に、着いて来ると言う様なおかげ。そう致しますと、今度はですね、もう主人はやっぱり、殿様は殿様ですね。
 やっぱり男は男です。例えば皆さんと同じように、男の方達が熱心になったら、椛目がもっと垢抜けして行く事と思うんですね。だからそういう意味での信心を作っていくための、やはり母体でもあるということですね。例えば椛目の信心の中にですね、例えて言うならまぁ美登里会なんかに匹敵する会というなら、まぁ男では菊栄会なんかがございます。菊栄会なんかの人達がです。
 もう本当に古風なようですけれども、一同に集まって例え日を決めてから、そのことに対する御祈念奉修でもできるようになられた時は、椛目の本当の時だと思うんですね。いよいよ椛目の力となるという時ですね。かというてなら菊栄会の方々の一人一人が力がないかというと、あれは一人一人の力においては、やはり椛目では第一級の人ばかりなんですね。けれども、それがならその10人なら10人集まるとです。
 それがやはり、その一人が100斤ずつしか持てんはずなっちゃけれども、10人が集まると1000斤持てんごたあるけど、そんなもんじゃない。そこにはやはり偉大な力というものが生まれてくる。ですからそういう、椛目の本当のごひれいの土台というものが、麦から米に移って行く様なおかげを頂かなきゃならん。というふうに私は思うんですね。例えば、骨董品、骨董品ってまぁ古いものだと言う事のね。
 その古いものの骨董品の値打ちというのはね、もう古いこと以外値打ちはないのです。もうこれは1,000年も経っとう、1,500年も経ってるというものがです、いかにも新品のようにしておるということが、その骨董の値打ちなんです。もうちょっと触りゃあ壊れるごとあるというよりも、蒼然としたと言った様な事が値打ちじゃないです。陶器類なんか現代のそれに通じると言った様なもの。
 例えば古風な信心というて、まぁ言うかも知れません。椛目の信者さんは、特に割り切っておりますから。いうならまぁ菊栄会の方なんかは、もう私と縦に繋がるという事においては、誰にもはばからないものを持っておると思うんです。いうなら横の繋がりがないかというと、信心での横の繋がり。やはり古風なようなふうに思っているんですよね。例えば菊栄会の方達が、集まってるっち、ご祈念報修でもすると言った様な事は、なんか古風な様な言。それはもう中には任せ切れと、美登里会には任せ切れ。
 と言った様な考え方があるんじゃないかと。けれどもです本当に皆さんが例えば、今申します様な内容を持ってですたいね、あのやはり個人の助かりから、団体の助かりだと思う。それはもう団体の助かりの中にあなた方があるという、又おかげを受けておられるような、椛目の看板というて可笑しくない様な、おかげを受けられたらです、誰だって動き出しますよ。団体の助かりと言った様な信心に、一歩前進することが、あぁいうおかげを受けられることだと分かってくれば。
 そういう一つ母体をも成していくようなですね、願いを持って頂きたいとこう思います。ただこれが、本当にですね、(?)ますか。団体の助かりということが、もう切実に自分一人の事のように願われる祈られるという信心ですね。まぁそれが一つの結果表れとして、現れているのが、秋永先生のこの事故の事についてですね。皆さんが非常に熱意を持ってそのことを願われることですね。秋永先生がようなられるのにってじゃなくてです、秋永先生がよくなられる事が、椛目がよくなる事に繋がっておる。
 と言った様なものを皆さんが実感しておられるからだと思うんですよ。だからそういう信心が本当にあの生き生きとしてですね、おかげを頂いて参ります時に、骨董品の新しさというのを感じます。それが値打ちどうぞ皆さん、椛目の看板であるという自覚にたって、その看板が素晴らしいその看板を見てやってくると言う位な、一つ看板になって頂きたいと、言う様な願いを私は持っております。それが又取も直さず皆さんの助かりに繋がっておらななりません。
 団体助かっておるばってん、私だけ助かっとらん、そげな言有る筈がないとです実を言うたら。ですからそうであるというならば、私共の願いが横に繋がっておる事はあるけれども、しょう言なしであったりですたいね、ほんなもんじゃないと言う事を悟らして頂いて、もう大きな力を持って団体が助かっていくと、椛目が助かっていくとその助かっている中に、やっぱり私もあるって言う言を思う時。私ひとりの小さい願いから、大きな願いへ私はおかげば頂いていかないかんと思う。
   どうぞ。